フェイクマスク

SFみたいに街から人が消えた未曾有のパンデミックも終息の兆しを見せ、街はすっかり普段通りの様相を取り戻している。

 

だけど一つだけ、以前とは決定的に違うことといえばそう、マスクだ。

 

皆マスクをしている。ついにはマスク警察なんて言葉も生まれた。最近はもはや感染予防というよりも、マスクしてますよ、というポーズを周りに示すためだけに、着用している人も多そうだ。

 

かくゆう僕も、その一人。

 

あれはうっかりマスクを忘れて書店に入ってしまった時のことだ。書店の客たちは皆一様にマスクをしていて、なんだかその視線がむず痒く、針のむしろのように感じてしまい早々に店を出てしまった。それからはどこへ行くにもマスクをしている。

 

一体いつまでこんな状況が続くのだろうか。正直、これからの季節は地獄だ。

 

なんてことを考えながら家でスマホをいじっていたら、こんな記事を見つけた。

 

『通気性抜群 フェイクマスク発売』

 

どうやら風をよく通し、涼しく着用できる代わりに、感染予防効果0のマスクらしい。

完全に「マスクしてます」ポーズをとるためだけのものだが、僕の目にそれはとても魅力的に映った。

 

早速、普通のマスクを着用して買いに出掛ける。蒸し暑いマスクともこれでおさらばだ。

 

自らの吐息に口元を蒸らされながら、額に汗をにじませてたどり着いたドラッグストアで、それを見つけた。なんと最後の一つ。良かった、運がいい。

 

早速帰り道に着用してみる。口元を微かに風が通り抜ける。さっきまでの蒸し暑さが嘘のようだ。これはいい。画期的だ。

 

それからはどこへ出掛けるにもこのフェイクマスクを着用した。

書店へも、近所のコンビニへも、少し遠くのドラッグストアへも。

 

そして僕は、あることに気づく。

どこのドラッグストアでも、フェイクマスクが品薄になっているのだ。

 

きっと僕のように、みんなフェイクマスクをありがたがっているのだ。だけどこのマスクは洗濯して使うことができる。徐々に徐々に、何度も品薄を繰り返しながら、今頃は日本中の国民がこのマスクを手にしているんだ。そういえば『フェイクマスク 出荷枚数1億枚突破』なんて記事も見かけた気がする。

 

そう、みんなフェイクマスクなんだ。 

 

僕も、コンビニへ行く途中にすれ違った通行人たちも、マスクをしていない人を罵るあの老人も。

 

なんてことだ。これじゃあなんの意味もない。誰もマスクをしていないのと同じじゃないか。

 

そしてついに、恐れていたことが起きる。感染者数が再び増加し始めたのだ。当たり前だ。本当は誰もマスクなんてしていないんだから。

 

本当はみんな、分かっているはずだ。みんなフェイクマスクだってことを。感染者数増加のニュース、みんな観ただろう。そしてその原因に、思い当たる節があるだろう。

 

こんな不毛なことはもうやめよう。誰か言い出してくれ。感染者増加の原因はフェイクマスクだって。そんなものもう外してしまおうって。

 

僕には無理だ。だって自分はフェイクマスクでしたって白状するのと同じじゃないか。それにまた、蒸し暑い普通のマスク生活に戻ってしまうじゃないか。

 

そして数日後、誰もが待ち望んだニュースが飛び込んでくる。

 

『一億総マスク社会の日本で第2波 マスクに予防効果なしか』

 

よかった、これでようやくマスクを外せる。